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鳥取家庭裁判所米子支部 昭和43年(家)202号 審判 1969年4月11日

申立人 長野さわ(仮名)

相手方 長野健司(仮名) 外三名

主文

相手方長野好男は、当庁昭和四一年(家イ)第七四号親族関係調整調停事件の調停条項の定めるところの外、申立人に対し、即時に金一万七、三五四円及び昭和四四年四月一日以降毎月二五日限り各月金二、〇〇〇円づつの金員の支払をせよ。

相手方長野進は、当庁昭和四一年(家イ)第七四号親族関係調整調停事件の調停条項の定めるところの外、申立人に対し、即時に金一万七、三五四円及び昭和四四年四月一日以降毎月二五日限り各月金二、〇〇〇円づつの金員の支払をせよ。

相手方長野健司、同長野満に対する申立人の申立を却下する。

理由

第一本件申立の趣旨及び申立の理由の要旨は、次のとおりである。

一  申立人と相手方長野健司は、大正五年結婚し、両名の間に長男である相手方長野好男、次男である相手方長野進、三男である相手方長野満を儲けた。

二  申立人は、もと相手方健司、同好男と同居していたが、自己が病気勝ちとなつてその医療費の問題などから相手方健司と、また相手方好男の妻との間の不和から相手方好男と、それぞれ円満を欠くようになり、昭和三五年七月頃から右相手方両名と別居し、相手方進方の部屋を借りて生活し病気の治療に当つているが、肝硬変、慢性胃炎及び心筋障害を患つて治癒しない状態である。

三  申立人は、稼働能力がなく無収入であるので、再三にわたり、当裁判所に調停もしくは審判を申立て相手方等との間に調停が成立しもしくは審判がなされたが、最終的には、昭和四二年二月二一日当裁判所において、当庁昭和四一年(家イ)第七四号親族関係調整調停事件につき申立人の申立に基き、相手方等との間に、申立人に対し、扶養料として、相手方健司、同好男は、連帯して、毎月金六、〇〇〇円づつを、相手方進は毎月金二、〇〇〇円づつを、相手方満は、毎月金一、五〇〇円づつを、それぞれ毎月二五日限り支払をするとの調停が成立した状態で今日に至つている。

四  しかしながら、申立人は、上記疾病の治療に相当な医療費を要し、これを含めて生活費として月額一万五、〇〇〇円を必要とするところ、相手方進からは、部屋を借りている外、光熱費、水道料等の雑費を支払つて貰つている関係上、実際には右調停で定められた月額二、〇〇〇円の金員は交付を受けていない実情であり、また、相手方満は、事業に失敗した上負傷療養中で扶養料の支払能力がないため同人からも前記扶養料を受取ることができないでいる。他方、これに対し、相手方好男は、相手方健司からその所有していた不動産の殆どの贈与を受けている外、日本国有鉄道米子鉄道管理局に勤務し年収約一一二万円を得ており、申立人に対する扶養能力は十分あると思料される。

五  よつて、前記調停で定められた給付義務を変更して、相手方健司は、婚姻費用分担金として、相手方好男は、扶養料として、連帯して、毎月金一五、〇〇〇円づつを、相手方進、同満は、扶養料として、それぞれ毎月相当額の金員の支払をすることを命ずる審判を求める。

第二当裁判所の認定と判断

一  一般に、自己の配偶者及び未成熟子に対しては、自己と同程度の生活を保持させるべき扶養義務があるが、自己の親に対しては、親が生活困難な場合に、自己、配偶者及び未成熟子につき自己の地位、職業にほぼ相応した生活程度を維持し得る限度で親の生活の扶助として扶養をなすべきことを原則とし、これに、当該の場合における諸般の事情を斟酌して扶養の程度を決すべきである。

二  家庭裁判所調査官作成の本件についての調査報告書、申立人に対する審問調書、及び相手方長野健司、同長野好男、同長野進に対する各審問調書を含む本件記録、並びに、当裁判所昭和四三年(家イ)第六九号親族関係調整調停事件記録中の家庭裁判所調査官作成の昭和四三年五月三〇日付調査報告書、武田康夫作成の調停事件の調査について(回答)と題する書面、○○町長早瀬敏雄作成の家庭裁判所調査官の照会に対する回答書、○○町長谷川宏作成の昭和四三年(家イ)第六九号親族関係調整調停事件について(回答)と題する書面、長野好男の昭和四二年度給与所得の源泉徴収票及び同人の昭和四二年五月から同四三年四月までの月別給与一覧表、○○税務署長作成の調停事件に対する資料照会についてと題する書面、○○町長早瀬敏雄作成の回答書、当裁判所昭和四一年(家イ)第七四号親族関係調整調停事件記録中の調停調書、当裁判所昭和三九年(家)第四二〇号扶養請求事件同年(家)第四二一号婚姻費用分担請求事件記録中の昭和四〇年六月一四日付審判書を綜合すれば、本件紛争の由来、申立人及び相手方の生活状況、その他本件申立の当否判定に関連する事情として、下記の事実を認めることができる。

(一)  紛争の由来、経過

イ 本件紛争の由来、経過については、先ず申立人が申立の理由の中で主張する前記第一の一、二の事実、第一の三の中申立人から相手方等に対し再三調停、審判の申立がなされ、結局同項記載のとおりの調停が成立している事実が明らかである。

ロ 申立人と相手方健司は、終戦後の農地解放までは相手方健司が相続や売買により得た自作地及び小作地を共に耕作し、農地解放後は右自作地と相手方健司が国から売渡を受けて取得した農地を共に耕作して生計を立てて来たもので、申立人は、一般の農家の主婦の例に洩れず、農耕に養蚕に、夫に勝るとも劣らぬ労働をして来た。しかしながら、申立人は勝気で興奮しやすく意固地な面があるのに対し、相手方健司は妻に対する配慮に十分でない点があつたことなどから、夫婦間の感情が疎隔したのに加え、同居の長男である相手方好男の妻俊子と申立人とのいわゆる嫁姑間の感情対立も加わり三者三つ巴の緊張関係から、申立人と相手方健司、相手方好男及び俊子との不和は決定的となり、昭和三三年頃、相手方健司、同好男が申立人の反対を受けながら居宅を新築したことに端を発して、申立人は、相手方健司、同好男と世帯を別にして新居に移らず一人養蚕場に別れ住むに至り、その頃から、申立人は、相手方健司等を相手にして当庁に再三調停の申立をなすようになり、当事者関係者同志の話合いもなされたが融和に至らず、昭和三五年頃から、申立人は、次男である相手方進方に同居したが、同人の妻との折合いが円満を欠き、昭和三七年、申立人は相手方進所有の建物の一室に一人暮しすることとなり、他方、相手方健司は、相手方好男と世帯を一にして今日に至つた。申立人は、この度前記第一の三記載の調停で定められた給付額では必要な生活費に不足するとして婚姻費用分担額、扶養料の各増額変更を求めているが、当事者間に意見が一致せず、協議成立の見込がない状態にある。

(二)  各当事者の生活状況の概要は、別紙第一表ないし第三表記載のとおりであるが、以下若干補足する。

イ 申立人は、老令、独居、無資産且つ病身で、近来自己の稼動による収入は殆ど望み得ず、相手方等からの給付を除き、自己固有の収入は、老齢年金月額一、六〇〇円のみといつてよいのであるから、相手方等からの扶養がない限り生活保持は不能である。財団法人労働科学研究所が昭和二七年及び昭和二八年に実施した実態調査に基づいて算出した最低生活費消費単位及び最低生活費(但し昭和三七年一月までの物価指数の変動を考慮したもの。その内容は別紙第四表のとおり。以下労研方式と略称する。)によると、昭和三七年一月における上記消費単位一〇〇に対する最低生活費は月額九、五〇〇円となる。次に、昭和四〇年一月を一〇〇としたときの昭和三七年及び昭和四三年四月の各消費者物価指数は、八三・〇と一一三・九であるから、これに従つて、昭和四三年四月における上記消費単位一〇〇に対する最低生活費を算出すると月額約一万三、〇〇〇円となる。別紙第四表の労研方式によれば、申立人の消費単位は八五が相当であるから(主婦、六〇歳以上、別居加算二〇)、これにより、昭和四三年四月における労研方式に基づく申立人の最低生活費を算出すると約一万一、〇五〇円となる。ところで、申立人の実際の家計支出状況をみるに、昭和四三年七月分は計一万八、六五四円となつており、その内容は、医療費が六、六六四円と嵩んでおり他は、衣料費が二、一三〇円と幾分多目であるが、その外の分(計九、八六〇円)は、大部分が食費で生活維持に最低限必要な費用であることが明らかである。なお、生活保持に必要欠くことのできない電気代、水道代、燃料費(申立人の場合はガス代)、住居費(申立人の場合は部屋代)が上記家計支出項目に含まれていないが、これは、相手方進が、扶養の一方法として扶養料給付の一部に代えて提供、負担しているためであつて、本来これからも申立人として必要な費用である。そして、以上の外、申立人としては、上記七月分は、歯科治療などで通常の月に比し医療関係費が特に多額であつたとはいえ、通常の月においても、なお、肝臓病等で継続的に十分な医療を要する健康状態にあり、医療費の支出を要すること、申立人は、資産皆無で、衣類、寝具すら十分でない貧しい暮しをしていることを考慮すれば、申立人の生活保持のためには、別居扶養の形による限り、電気、水道、ガス及び間借りの費用も含め、上記労研方式による算定額を上回り月額最低一万三、〇〇〇円程度の金額は欠くことができないものと認められる。

ロ 相手方健司は、相手方好男と世帯、家計を同一にしており、年齢、健康(中風を患う)の関係で仕事はできず、自己の所有していた農地の大半を相手方好男に譲り、自己名義の農地も未だ若干はあるが、農業は好男夫婦に任せ、相手方好男から毎月四、〇〇〇円づつの小遣いを貰つている状態であつて、一家の経済を支配する立場にもないから、少なくとも前記調停条項所定の金額を越えて申立人に対する婚姻費用分担義務を増加負担する資力はないと認められる。

ハ 相手方好男は、給料収入と農業収入(自家消費の農産物による分も含む)とで、別紙第一表記載のとおりかなりの収入がある。もつとも、相手方好男は、○○鉄道管理局総務課勤務の職員としてその身分上相当の生活を維持する必要があり、職業費、交際費も相応に必要であるし、老父健司を扶養し、妻の外、嫁入準備で費用のかかる長女、通学費用のかかる高校、中学通学中の二女、三女の三人の子女を抱え、必要支出も多く、決して有り余る家計でないことは察せられる。しかしながら、これらの点を考慮しつつ、その収入と家計支出の状況を対比検討するに、相手方好男が主張するように同人が、申立人に対し扶養料として負担しつつある金額を上回る金額を負担することが同人の地位相応の家計として不能であるとは認められず、自己の地位に応じた生活程度を略維持しつつ申立人に対する扶養料の金額を増加する余裕はあるものと認められる。(ちなみに、前記労研方式による昭和四三年四月現在の好男一家の最低生活費月額を算出すると次のとおりである。

13、000円×(100(好男)+95(健司)+95(俊子)+90(典子)+90(育子)+80(清美))/100=71、500円)

ニ 相手方進については、営業上の負債はあるが、その返済分も含めてなお一家の生計を十分まかなうに足る営業所得があり格別営業不振の事情も窺われず、申立人に対する扶養料を増加する余力はあると認められる。労研方式による昭和四三年年四月現在の進一家の最低生活費を算出すると次のとおりである。

13、000円×(105(進)+90(シゲ子)+60(ゆき子)+55(邦夫))/100=40、300円)

ホ 相手方満については、前の営業の失敗等による負債約七六〇万円の多額に上り、且つ、事故で負傷入院する不幸もあり、その後建設資材運搬業を始め、収益を得てはいるものの、前記負債の弁済に追われており、前記調停条項で定められた申立人に対する月一、五〇〇円づつの扶養料支払義務も履行していない状態であり、少なくとも、現在の扶養料分担額を増加負担させることは適当でないと認められる。

(三)  相手方好男は長男、相手方進は二男、相手方満は三男であるが、長男と二、三男の別は、それ自体親に対する扶養の順序、方法、程度に何等の影響もあるべきものでないこと当然である。しかしながら、相手方好男は、もともと父たる相手方健司の所有であつた農地の相当部分を健司から譲受けて取得し、これと併わせて未だ健司名義のままである残りの農地についても事実上自己の一家で耕作し農業収入をあげている。これらの農地は、申立人の所有名義であつたものではないから、以上の点は、一見申立人に対する扶養義務の程度に何のかかわりもないかの如くである。しかしながら、これらの健司名義であるもしくは健司名義であつた各農地は、申立人と健司が夫婦共同生活をしていた当時には、申立人において健司に勝るとも劣らぬ労力を尽して一家のため耕作に当つていたもので、この点についての申立人の寄与を無視することのできないものであるし、更に、健司先祖伝来の分は別として、夫婦共同生活中に健司名義で取得するに至つた分については、当時の申立人の労働状況から推して名義は健司単独でも、申立人にも実質上の持分の存することを必ずも否定できない。他方、相手方進、同満については、相手方好男にみられる上記のような事情は認められない。してみれば、上記の事情は、相手方好男、同進、同満の申立人に対する扶養義務負担の程度決定上、これを斟酌すべきことが衡平に合致するものと認められる。

(四)  相手方好男は、申立人が家族と融和することを前提として申立人の引取扶養に応ずる意思を表明している。しかしながら、申立人と相手方好男、同健司及びその一家との長年にわたる感情的確執、特に申立人の相手方好男、同健司に対する憎悪に近い不信感、近来とみに加わつた感のある申立人の閉鎖的偏執的心情、相手方好男、同健司との同居を強く拒否する申立人の意思に徴するときは、相手方好男の引取による申立人の扶養は適当でない。また、申立人と相手方進との同居による扶養も前述の進一家との同居の破綻等からみてこれまた適当でない。結局、現状の送金による扶養の方法を続ける以外に方法がない。

三  上記認定の諸事情を綜合して申立人に対する各相手方の婚姻費用分担もしくは扶養料給付義務につき判断するに、先ず、相手方健司、同満については、前記調停条項の定めるところを上廻る婚姻費用分担もしくは扶養料給付義務を課することは相当でなく、また、相手方好男、同進については、相手方満の扶養料分担能力に疑問のある点をも考慮し、前記調停条項所定の給付義務の外に、申立人に対し、扶養料として、本件審判申立の日(昭和四三年七月一一日)以降毎月二五日限り、相手方好男は、月額二、〇〇〇円づつ、相手方進は月額二、〇〇〇円づつの給付をなすべきものとすることが相当である。(その結果、申立人は、相手方満負担分を除いても、相手方等から合計月額一万二、〇〇〇円の給付を得ることになり、老齢年金と併わせて月額一万三、六〇〇円の収入となる。)

よつて、相手方好男、同進は、それぞれ、申立人に対し、前記調停条項の定めるところの外、各金一万七、三五四円(すでに履行の到来した昭和四三年七月分(二一日分)一、三五四円、同年八月ないし同四四年三月までの分(八箇月分)一万六、〇〇〇円以上計一万七、三五四円)を即時に、且つ、昭和四四年四月一日以降毎月二五日限り各金二、〇〇〇円づつの金員を支払うべきであり、他方相手方健司、同満に対する申立は理由がないから、主文のとおり審判する。

(家事審判官 高橋正之)

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